私たちは、粘膜感染病原細菌感染症をグローバルな視点で理解し、その研究成果をもとに、地域や人種などローカルの視点を考慮した、きめ細やかな感染制御法として還元することを目指しています。私たちはこれまで、人に感染する粘膜感染病原細菌と宿主の相互作用による感染現象の解明、とりわけ、ヘリコバクター・ピロリ感染による病態形成機構の解明に注力してきました。現在、3つの内容を主軸とした研究活動の展開を目指しています。
ピロリ菌感染者の多くは幼少期に感染後、生涯にわたる持続感染を経て、壮年期に胃炎や胃がんの発症に至ります。何十年にもわたる疾患発症を理解するために、動物モデルを活用して感染現象を分子・細胞レベルで解析し、臨床検体・臨床分離株を用いて検証することで、疾患発症機序解明を目指します。
参考文献
共同研究の成果を含む研究から、ピロリ菌のような慢性感染起因菌と、赤痢菌、腸管病原性大腸菌、A群連鎖球菌等の急性感染起因菌において、共通の生命現象を利用した感染機序が多数明らかになり、病原体は感染時間を調節して、自己増幅に有利な環境を作り、感染を拡大させる、という共通戦略の理解が進みました。しかしなぜ病原性細菌が存在するのか、その理由が不明瞭です。粘膜感染病原細菌は、人に対する病原性を発揮することを目的とするものではなく、感染環境において生きながらえるために副次的に病原性を獲得した可能性を、多様な病原細菌研究を展開して検証していきます。
参考文献
ピロリ菌は世界人口の約半数が感染する大規模感染症起因菌です。衛生状態の向上に伴い近年日本では感染率が低下していますが、世界レベルでみると、感染者数が未知の発展途上国も多く、感染制御には程遠い現状です。ピロリ菌感染症の治療は、抗菌薬による除菌療法が採用されていますが、薬剤耐性菌の増加は看過できません。感染症全体をみると、2050年までに全世界で年間1000万人以上が薬剤耐性菌により死亡すると推定されています。ピロリ菌感染対策として安易な抗菌薬による除菌治療に依存することは、その他の感染症への危機的治療崩壊に直結しかねません。また、高齢化社会において、高齢者のQOLの維持のためにも消化器系疾患の改善は重要であり、疾患の早期発見・発症予防・治療は重要な課題です。これらの問題を解決するために、疾患発症分子機序を利用した疾患悪性化の早期発見につながるバイオマーカー、抗菌薬に頼らない病原体特異的除菌方法や、病原体の疾患発症機構のみを抑制することで無害な常在菌とする手法の開発を、産学協働研究体制を構築して積極的に展開していきます。
細胞増殖の指標としてPCNA(緑)で染色したスナネズミ胃組織。
非感染組織(左)では淡水ウナギレクチン (AAA, 赤)で染まる胃腺窩細胞が整列しているが、ピロリ菌感染組織(右)では、異常な細胞増殖により胃腺構造が乱れる。
(Kiga, Mimuro et al., Nature Communications, 2014)